■鉱業高校の歴史「耀風」より  by ganpunmaki



三井芦別高等鉱業学校

昭和18年以降、技能者養成校として青年技能者の養成を行って来たが、終戦と共に募集を中止し技能者養成所を閉所していたが、
石炭産業の増産の要望に応え、石炭鉱業に必須の学科並びに実技の教育を行い中堅技術員の養成を目的に、
昭和23年6月15日、芦別鉱業学校の名称で三ヶ年の教育課程で開校した。
学校の特色は、授業料無料、実習手当奨学資金支給、卒業後ただちに三井芦別直轄鉱員として採用されることである。

開校時1期生(11名)は養成校宿舎で中学校と併置して開校されたが
24年中学生の増加により30年1月中の丘に校舎を新築移転した。

32年三井芦別鉱業学校と名称を変更、
34年会社都合で募集を一時中止、
38年4月授業を一時停止したが、
39年から新入生を募集(12期生)、三井芦別高等鉱業学校と改称し、
43年2月、文部省から「技能教育施設の指定」の評価を受け、
4月から遺立有朋高等学校採鉱科の教育課程を導入し、技能運携教育をとり有朋高校卒業の習得をしたが、石炭産業の激変の中で
47年からの生徒の募集を中止、

48年の卒業生17期生が最後の卒業生となり

卒業生総計は397名となったが、卒業生はヤマの中堅技術職員としてヤマの発展に残した功績は大きいものがある。

平成4年9月閉山時には58名の卒業生が残って活躍していた。



鉱業高校校歌

作詞 伊藤策二
作曲 原田正

1.遠き深山のふもとより
高き断崖流れよる
芦別川の丘陵の
地下にこもれる大資源
わが学舎の建つところ

2.若き生命の集い合い
勤労常にいそしてみて
鉱学の道いや極め
理想の徳を慕いつつ
拓く資源に身をたてん

3.われら手をとりいざよいざ
かざす桂の学園に
精神明るく身は潔く
永遠に築かん人の世の
文化の基 道の奥


資料 三井芦別労働組合 解散記念誌「耀風」より
提供 岩粉撒き氏