■三井芦別鉱業所病院の歩み「耀風」より  by ganpunmaki

■三井芦別鉱業所病院の歩み
昭和十九年九月七日    三井芦別鉱業所病院開設
昭和二四年一一月二二日 三井芦別鉱業所二坑分院開設
昭和二六年九月六日    三井芦別健保組合結核療養所開設

昭和三〇年一〇月二二日 三井芦別鉱業所黄金診療所開設
昭和三一年一一月一〇日 第三病棟新築
昭和三五年一月三〇日  婦人科廃止
昭和三五年二一旦二〇日 皮膚科廃止
昭和三七年二月二〇日  基準給食実施
昭和三七年三月三一日  健保組合結核療養所閉鎖
昭和三七年四月二一日  第二病棟改築
昭和三八年九月三〇日  二坑分院閉鎖
昭和三八年一月二〇日  歯科廃止(合理化)
昭和三九年七月一八日  黄金診療所閉鎖

昭和四〇年七月二〇日  病院労働組合発足
昭和四〇年八月三日   西芦別地区労働組合協議会加入
昭和四一年二一月二一日 機能訓練室設置
昭和四二年一月一日   基準寝具実施
昭和四二年一〇月三日  芦別地区労働組合協議会加入
昭和四三年一二月一日  病院新築
昭和四八年一〇月一日  病院名称変更(三井石炭鉱業活ー別鉱業所病院)

昭和五〇年七月一八日  組合一〇周年記念祝賀会
昭和五〇年九月一二日  秋津寮閉鎖(第二合宿となる)
昭和五一年三月二〇日  耳鼻科廃止
昭和五一年一〇月二七日 第三病棟閉鎖
昭和五五年四月一日    小児科廃止
昭和五五年四月一日    診療時問変更(AM九時〜PM一七時)

昭和六〇年六月一七日   組合二〇周年記念祝賀会
昭和六二年三月二二日   三井芦別鉱業所病院廃止


■三井病院歴代病院長名

初代華岡陽之助/第2代伊藤正之/第3代水野近/第4代高山幹英
第5代岡村信行/第6代有岡功/第7代中島俊一/第8代吉田安秀

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■三井芦別鉱業所病院労働組合

昭和十四年、芦別鉱業所開設し、開発の進展と共に定住者も増え
従業員の健康維持のための診療施設は、一条五丁目の一角に仮診療
所が設けられ、平行して進められていた。本院舎完成までの仮病院
は現病院の裏手の方で建築が進められていたが、十五年夏には出来
上がり華岡医師他外科医二名、内科医一名、歯科医一名の診
療で若干の入院患者の収容も出来る診療施設であった。

十八年以来建設が進められていた三井芦別鉱業所病院は、
十九年九月に完成、診療科目は、内科、外科、小児科、整
形外科、眼科、耳鼻科、結核科など、病床数百二十二床を
持って開院した。それまで上砂川の炭鉱病院に送られてい
た患者はほとんど収容された。
その後木造部の腐朽により破損が甚だしいため、年金福
祉事業団の融資で昭和四士二年四月に二階建サーモン造り
の新築病棟改築工事に着手し、十二月に新病院が完成した。

その後、石炭産業の合理化と共に病院の縮少合理化が進められ、
六十二年三月三十一日、四十七年の病院事業に幕を下ろし廃止した。

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資料 三井芦別労働組合 解散記念誌「耀風」より
提供 岩粉撒き氏
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