油谷芦別炭鑛思い出のアルバムB



炭住建設
開拓当時このやまに働く人々の多くは
樺太を逐はれて引揚げてきた人達で、渇望する
住宅の出来る日を一日千秋の想いで待った。
待望の炭住融資も決まり、住宅の建設は22年
夏より駈足で進められ、秋には一部居住、
更に建設は翌年春にも継続され自然林に覆われた
この地は、またたく間に一望炭鉱部落と化した。
炭住建設前は、バラック小屋及び渓山寮(現在の本屋)
で、飯場生活風に過した。この頃の苦難と斗う姿を
偲べば感涙する思い出多し。
トラック送炭積込
露頭および一坑等より掘出された石炭は、
エンドレス坑道を通り、トラック積込場に空けられ、
写真に見る如く積込まれ、下芦別の石炭貨車積込場へ
運ばれた。
当時のエンドレス坑道とは現在学校校庭背面山の
中腹に走る道である。
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資料提供 札幌市在住 磯部晴夫氏

資料提供 芦別市星の降る里百年記念館